介護事業所のM&Aと事業承継は、どの方法を選ぶかで「指定」の扱いが変わります。 介護保険の指定は、事業を行う法人に対して、サービスの種類と事業所ごとに行われます(介護保険法第70条第1項)。そのため、法人そのものが残る株式譲渡では指定が続き、事業所を別の法人が引き継ぐ合併・会社分割・事業譲渡では、引き継ぐ法人の事業所として新規の指定が必要になります。

ただし、合併・会社分割では、職員に変更がないなど、事業所が実質的に継続して運営されると指定権者が認めれば、指定の手続きの簡素化や、過去の実績が必要な加算の実績の通算ができるとされています(介護保険最新情報Vol.862、令和2年8月3日)。この扱いを受けられるかどうかで、承継後の加算や利用者の手続きの負担が大きく変わります。

なお、売却額の「相場」を示す公的な資料はありません。この記事では、厚生労働省の事務連絡と公表資料にもとづいて、方法ごとの指定の扱いと進め方を整理します。


1. M&Aの方法と指定の扱い

方法事業所を運営する法人指定の扱い主な手続き
株式譲渡(持分の譲渡)変わらない(株主・役員が変わる)指定は続く役員・代表者・管理者などが変われば変更届(10日以内)
吸収合併・新設合併引き継ぐ法人に変わる新規の指定が必要。実質的な継続が認められれば簡便な指定と加算の実績の通算が可能新規指定の申請(書類は変更部分のみで足りる扱いあり)
吸収分割・新設分割引き継ぐ法人に変わる合併と同様(Vol.862で整理)同上
事業譲渡引き継ぐ法人に変わる引き継ぐ法人が新規の指定を受ける。旧法人は廃止の届出新規指定の申請、廃止届(1月前まで)。簡素化の対象になるかは指定権者に確認

内閣府の規制改革推進会議のワーキング・グループに厚生労働省が出した資料(令和6年4月26日)も、介護保険法・老人福祉法・障害者総合支援法は、合併等に特有の規制・手続を規定しておらず、指定の新規申請のみを求めていると説明しています。つまり、承継の方法ごとの扱いは、法律の条文ではなく、厚生労働省の事務連絡と指定権者の運用で決まっている部分が大きいということです。


2. 合併・会社分割で受けられる簡素化

厚生労働省の事務連絡(介護保険最新情報Vol.862)と、その別添の全国介護保険・高齢者保健福祉担当課長会議資料(平成30年3月6日)は、事業所が実質的に継続して運営されると指定権者が認めた場合の扱いとして、次の例を示しています。

自治体への手続き

  • 指定を簡便に行うことができる
  • 申請書類は、旧法人の事業所が指定を受けたときの内容から変更があった部分だけを届け出れば足りる。法人格以外に変更がない場合は、法人格が変わったことがわかる登記事項証明書などの提出で差し支えない
  • 地域密着型サービスについて、更新の期限が来る前の再公募を不要とする
  • 認知症対応型共同生活介護などの代表者が必要な研修をすでに修了している場合、再研修を不要とする
  • 合併の日と指定の日にずれが生じてサービスが途切れないよう、可能な限り迅速・簡便に対応する
  • 本体事業所とサテライト事業所を引き継ぐ場合、手続きを並行して行い、合併の日から運営できるようにする

事業所と利用者の手続き

  • 利用契約の再締結を不要とする(会社法にもとづく吸収合併では、合併後の法人が旧法人の権利義務を承継するため)
  • ケアプランの変更を不要とする(利用者の希望による軽微な変更として扱える)

介護報酬の扱い

  • サービス提供体制強化加算の勤続年数を通算できる
  • 訪問介護の特定事業所加算の重度要介護者の受入割合など、過去の実績が必要な加算の実績を通算できる
  • 処遇改善加算の計画書・実績報告を、旧法人の事業所分と合わせて一括して作成・提出できる

補助金で取得した財産

  • 国庫補助金等で取得した財産を承継する場合は、「厚生労働省所管一般会計補助金等に係る財産処分について」にもとづく財産処分の手続きが原則として必要

これらは「事業所が実質的に継続して運営されている」と指定権者が認めることが前提です。職員の大幅な入れ替えや、事業所の移転を伴う場合は、扱いが変わる可能性があります。


3. 株式譲渡の場合

株式譲渡では法人が変わらないため、指定はそのまま続きます。ただし、次の点に注意します。

  • 変更届:代表者・役員・管理者などが変わった場合は、10日以内に変更届を出します(介護保険法第75条第1項)。届け出る項目は介護事業所の変更届で整理しています。
  • 過去の請求の責任:法人が変わらないため、過去の報酬請求に誤りや不正があった場合の返還の責任も法人に残ります。買い手にとっては、承継前の運営指導の結果や加算の算定根拠を確認することが重要です。
  • 加算の要件の維持:役員や管理者の交代で、加算の要件にかかわる職員の配置が変わる場合は、体制等の届出も確認します。

4. 買い手・売り手が確認すること

承継の前に確認する項目を、運営指導で確認される観点と重ねて整理します。確認の観点は介護事業所の運営指導の準備も参考になります。

区分確認すること見る書類の例
指定指定の種類・有効期間(6年ごとの更新時期)、変更届の出し漏れ指定通知書、変更届の控え
人員基準を満たす配置が続いているか、管理者・有資格者が承継後も勤めるか勤務体制一覧表、勤務実績、資格証
加算算定している加算の要件と根拠書類、要件を欠いた月がないか体制等の届出、研修・会議の記録、計画書
処遇改善計画書・実績報告の提出状況、賃金改善が加算額以上か計画書、実績報告書、賃金台帳
運営指導直近の結果、文書指導への改善報告結果通知、改善報告書
体制業務継続計画、感染症対策、虐待防止の委員会・指針・研修計画、指針、記録
収支サービスごとの収入・人件費・稼働の推移決算書、請求の実績、経営情報の報告
物件賃貸借契約の承継の可否、設備が基準に合っているか賃貸借契約書、平面図

介護サービス事業者には、毎会計年度の経営情報(収益・費用、職種別の人員など)を都道府県に報告する制度があります(介護保険法第115条の44の2、令和6年度創設)。売り手は報告済みの内容と決算書を整合させておくと、買い手への説明がしやすくなります。


5. 進め方の手順

  1. 目的を決める:後継者不在の解消、経営の大規模化、人材の確保など、承継の目的を明確にする
  2. 方法を選ぶ:株式譲渡・合併・会社分割・事業譲渡のどれにするかを、指定の扱い、過去の請求の責任、契約の承継の手間から選ぶ
  3. 指定権者に事前相談する:合併・分割なら「実質的な継続」の扱いを受けられるか、必要な書類と日程を確認する
  4. 確認(デューデリジェンス):上の表の項目を確認する
  5. 職員への説明:管理者・有資格者が承継後も勤めるかを確認する。説明の前に情報が広がると退職につながりやすいため、共有の範囲とタイミングを決める
  6. 利用者・ケアマネジャーへの説明:サービスが途切れないことと、変わる点(法人名・連絡先など)を説明する
  7. 手続き:新規指定の申請、変更届、廃止届、処遇改善加算の変更届出書、補助金の財産処分など
  8. 承継後の統合:就業規則・賃金体系・記録の様式を統一する

厚生労働省の資料では、大規模化の課題として、人材の確保や教育体制の整備、施設ごとに異なる退職金制度などの制度の違いの調整が挙げられています(令和3年度老人保健健康増進等事業「介護経営の大規模化・協働化に関する調査研究事業」)。承継後の統合の計画は、契約の前から立てておきます。


6. M&A以外の選択肢:協働化

第9期介護保険事業(支援)計画の基本指針では、経営の協働化・大規模化が、人材や資源を有効に活用するための有効な手段の一つであることが都道府県・市町村に示されています。M&Aだけでなく、次のような協働化も選択肢になります。

  • 研修や人材育成を複数の法人で共同で行う
  • 物品の共同購入や事務の共同化
  • 社会福祉連携推進法人(社会福祉法人などが参加する連携の法人)への参加

令和8年度の処遇改善加算では、社会福祉連携推進法人に所属していることが、上乗せ区分(ロ)の特例要件の一つになっています。詳しくは介護職員等処遇改善加算の一覧で整理しています。


7. 落とし穴

  • 指定の日と承継の日がずれる:新規指定が必要な方法で、指定の日が承継の日より遅れると、その間は報酬を請求できません。指定権者と日程を先に合わせます。
  • 「実質的な継続」を前提にしすぎる:簡素化や実績の通算は、指定権者が認めた場合の扱いです。職員の入れ替えが多い場合は認められないことも想定しておきます。
  • 事業譲渡で契約を引き継げると思い込む:事業譲渡は合併のような包括的な承継ではありません。利用契約・雇用契約・賃貸借契約の扱いを個別に確認します。
  • 根拠のない相場で判断する:公的に確かめられる相場はありません。収支と引き継ぐリスクをもとに判断します。
  • 補助金の財産処分を忘れる:補助金で整備した建物や設備を承継する場合は、財産処分の手続きが必要になることがあります。

8. まとめ

  • 指定は法人・サービス・事業所ごと。株式譲渡は指定が続き、合併・会社分割・事業譲渡は新規の指定が必要
  • 合併・会社分割で事業所が実質的に継続すると指定権者が認めれば、簡便な指定、変更部分だけの書類、加算の実績の通算、処遇改善加算の書類の一括作成ができる(介護保険最新情報Vol.862)
  • 吸収合併では利用契約の再締結やケアプランの変更を不要とする扱いが示されている
  • 売却額の相場を示す公的な資料はない。人員・加算・運営指導・収支を確認して判断する
  • 協働化・大規模化は国の基本指針でも有効な手段の一つとされている。M&A以外の協働化も選択肢になる

参考資料